Jun 23, 2011

ご注文からお届けまでに時間がかかる注文の家具

結婚をするときに花嫁のツールの一つとして、ワードローブも用意した。自分だけのためのワードローブを作成し、と思ったので、注文家具を注文することになった。家具の高さ、幅、深さ、引き出しは何段必要なのか、引き出しの仕切りはどのような分割が良いのか、ワードローブの色は何色かどうかなど、具体的な注文をすることを注文の家具は良いですが、到着まで1ヶ月以上かかった。ご注文後のお届けまでに時間がかかりますのでご注文の際に注意したい。
エコハウスは、化石エネルギーから電気、ガスを最小限に抑え、非常に地球に優しい住宅です。太陽光エネルギーファームなどの施設を設置しています。そして、住宅の建築資材や窓などは密閉性に優れたようにします。これにより、夏の冷房、冬の暖房時エアコンの効き具合を良くするための電気料金、ガス料金を節約することができます。このようなエコハウスに、政府も補助金を支給し支援します。
 志摩市は民間と共同で、市民生活の手引き書「志摩市暮らしの便利帳」を発行することになった。行政や地域、広告情報を掲載し、今年12月中旬から全戸に配布することにしている。
 A4判130〜150ページを予定し、発行は2万6000部。行政情報は、届け出手続き・年金・教育・防災防犯・生活環境・公共施設などで、地域情報は市の歴史・伝統文化・観光・特産品などを紹介する。
 市は合併直後の04年に「志摩市暮らしのガイドブック」(95ページ)を発刊したが、掲載内容が時代にそぐわなくなったため、新刊を検討していた。広告出版社・サイネックス(大阪市)が発行経費を広告事業で賄うとしている。【林一茂】
〔三重版〕

8月12日朝刊

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 奥州市は11日、小沢昌記市長を本部長とする「市原発放射線影響対策本部」を設置すると発表した。東京電力福島第1原発の事故による放射性物質の汚染問題を受けた措置で、盆明けには体制を整える。また、市民の不安を払拭(ふっしょく)するため、市が実施している空間放射線量測定で、毎時1マイクロシーベルトを超えた箇所の除染作業を同日から開始した。
 定例会見で小沢市長が明らかにした。対策本部の構成員は副市長や関係部長らで、検討項目は学校教育施設での線量測定や除染、牛肉・米など農作物の安全対策などで調整を進めている。県の対策本部と連携し、必要に応じて市の独自策も講じる。小沢市長は「農作物の風評被害を防止するためにも、安全・安心を確保できる体制にしたい」と話した。
 除染作業は、市が6〜7日に市内の学校教育施設など計30施設で実施した線量測定で、毎時1マイクロシーベルトを超えた19施設が対象。11日は衣川区と前沢区の小学校など4施設で作業があり、建設業者がボランティアで表土や砂利などの除去に協力。19日には作業を終わらせ、その後の除染効果を検証する。【湯浅聖一】

8月12日朝刊

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 県は11日までに、県が発注した全ての仮設住宅1万3983戸が完成したと発表した。
 県建築住宅課によると、当初予定されていた1万3833戸が完成していたが、山田町での申込数が予定着工数を上回ったことから150戸を追加した。5日までの入居済み戸数は1万1405戸で、完成戸数に対する入居率は86・6%。【金寿英】

8月12日朝刊

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 東日本大震災の発生から5カ月となった11日、大槌町では残っていた城山公園体育館、安渡小学校、吉里吉里地区体育館の3カ所の避難所にいた17世帯、41人が仮設住宅へと移り、すべての避難所が閉鎖された。各避難所では地震があった午後2時46分に黙とうがささげられた。
 吉里吉里地区体育館では同日朝に13世帯、26人が仮設住宅へと荷物を運び出した。その後は運営スタッフらが残った食料品の整理や支援物資の片付けにあたった。運営スタッフの1人、芳賀広喜さん(63)はがらんとした体育館を見渡し、「よくここに140人もいたもんだ」とつぶやいた。最も避難者が多い時、1人あたりのスペースは縦2メートル10センチ、横90センチだったという。
 午後2時46分、町内にサイレンが鳴り響き、避難所外のテントに集まった13人が黙とうを捧げた。その後、代表者の東谷寛一さん(67)が体育館の入り口に鍵をかけ、「みんな笑顔で、ここから新しい生活へと向かいました」とあいさつした。
 町生涯学習課によると、大槌町では震災後、44カ所で最大5744人(3月20日)が避難所生活を送っていた。【神足俊輔】

8月12日朝刊

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